ブラックに関する思い違い

 

夏らしい夏が、夏の終わりに訪れた昨今、

いかがお過ごしでしょうか。

 

 

働き方改革に代表される、日本における長時間労働是正の動きは、政府も企業も取り組み姿勢を強めています。

 

ところで最近わたしは、関西の大学で大学生高校生向けに講座をもっている関係で関西に出かけることが増えていて、大学の教員の方と話す機会があるのてすが、そこで漠然と感じたこと。

 

大学教員や大学生は昼夜を問わずレポートや研究に明け暮れている人が、特に理工系やMBAを中心に少なくないけれど、大学やゼミがブラックと糾弾されることはまずないなあ、と。

 

同様に、

自営業やベンチャー界隈の人々は、ブラック問題では存在自体が認識されていないみたいだなあ、と。

 

そこで、改めてブラック企業問題を定義してみると、

「労使関係を契約締結している」従業員と雇用主の間において、

雇用主が「不当に」長時間勤務を「強いる」ことにより、従業員の心身の健康が害されること

かな。

 

上記は監督官庁が企業や団体を取り締まる際の基準になっているわけですが、

 

上記に当てはまらない長時間作業者(大学関係、自営業やベンチャー界隈)は、環境だけみると摘発事案と大差ないのだけれど、放置されている

点と、

たとえ不当に長時間勤務を強いていなくても、摘発されるべき歪んだ労使関係は、あまたありそうだけど、放置されている

点は、

文字通り放置プレイ。

 

成敗するべきは、歪んだ労使関係なはずが、いつの間にか「長時間勤務が悪」にすり替わり、

その結果「勤務時間を短くすれば問題解決」みたいな論調が幅を利かせている状況は微妙…

 

長時間勤務にしても、必要な長時間勤務と不必要な長時間勤務が本来あるはずですが。

 

こういう初歩的なミスリードが幅を利かせている限り、エセコンサルのニーズはいつまでもなくならないだろうなあ…

閃きはどんなときに生まれるかの私的考察

物事を閃く場所として、4B(Bathroom, Bar, Bed, Bus)という言葉をたまに聞きます。

中国古典にも、3上(馬上、枕上、厠上)という言葉があるように、乗り物に乗っている時や、横になっているとき、トイレやお風呂など、頭をリラックスさせることで思考が整理・結合され、化学反応を起こすことを昔の人々は経験則から学んでいたようです。

 

わたしは仕事柄、色々な企業の様々な悩みを相談されるわけですが、10の悩みがあるとだいたい3つくらいは超難題だったりします。

 

たとえ超難題であっても色々な視点から解を考えるわけですが、当たり前ですが一筋縄でいくはずもなく、そんなときには机上を諦め、日々の暮らしの中で断片的瞬間的に考えるようにしています。

 

そうすると、とあるタイミングで見えない糸同士が紡ぎ合わさり、今まで思いつかなかったような解が見つかります。

これ、自分でも何度も経験しているので、もし考えに詰まってしまったときは4Bないし3上を活用してみてはいかがでしょうか。

 

せっかくなので、閃きの私的ランキングを。

 

1位 Bathroom(シャワー中)

私の場合はこれが断トツ。

湯船に浸かっているときもたまにありますが大半はシャワー中。

たぶん、座っているとはいえだいぶ理性を働かせている状態で、かつリラックスすることで、化学反応がうまい具合に起きているのかも?。

 

2位 電車 ※Bus、馬上が該当

1位に共通していますが、吊革につかまっているような、立ちの時です。座ってしまうとスイマーが泳いでやってきます…

 

圏外 トイレ

時間が短すぎるため、閃きにくいかも。

昔の中国人は長トイレだったのでしょうか…

 

圏外 就寝時 ※Bed、枕上が該当

これ、閃く前に確実に寝ます。。

ちなみに寝ながら考えてしまうときは多分リラックスしていないからか、私は寝ながら考え事→閃き、はありません。

 

住宅展示場 初回訪問

夏なのに比較的涼しい日々が続いております。

今日は自宅買い替えネタ。

 

注文住宅のイロハがわからない素人がまず最初に接するのは、不動産屋さんかハウスメーカーさんの営業です。

 

我が家が利用したのは全部あわせると以下。

 

不動産屋さん

 

ハウスメーカー

 

当初は中古戸建購入メインだったので不動産屋さん中心にまわっていましたが、

東急田園都市線たまプラーザ駅付近でみた中古戸建の三軒隣に土地が売られていて、価格差を考えると土地に注文住宅もアリか!?となり、次第にハウスメーカーさんも視野に。

 

 

ハウスメーカー営業は(素人にとって)ハウスメーカーの全て

 

 

我が家はハウスメーカーとの接点はモチロン皆無、唯一の知識は住宅展示場だ!ということで、近場の展示場に行ったわけですが…

最初は具体的な家のイメージが無いため、どこのハウスメーカーさんに行くべきか何も手がかりがなく、

結果、店頭(家頭?)の呼び込みやCMに引きずられる格好で、まずはヘーベルハウスさんのモデルハウスに。

 

「広い!」「キレイ!」

「こんな家は買えるわけない」「現実離れしていてイヤだ」

展示場のモデルハウスにはじめて訪れた殆どの人が感じるであろう、憧れと劣等感のカクテルを我が家も味わいながら、ヘーベルハウスの若い男性の担当さんから、細かい説明を聞きました。結果、

 

「悪くないなあ」

「ただ、予算が見合わないだろうなあ」

 

が我が家の感想。ヘーベルハウスさんに対する印象は、「やや良し」

 

続いて、住友林業さんのモデルハウスへ。

このハウスメーカーさん、木造住宅のリーディングカンパニーなのですが、当時はそんなことを知る由もなく、憧れと劣等感のカクテル本日2杯目。

 

ここは40代の男性営業さんが案内してくれましたが、この営業さんが合わなかった…

先にヘーベルハウスさんに行っていたことを伝えると、彼はヘーベルハウスのダメな点と住友林業の良い点を「ずっと」話し続けてくれ、ヘーベルハウスさんの肩を持つ必要のない我が家の気分でさえ悪くなってしまい。。

 

ハウスメーカーさんの雰囲気や営業さんとの会話を通じ、これはある程度建てたい家のイメージを持って行かないとお互い生産的ではないことを実感し、子連れでまわっていると1日二棟が限度だということもわかり、我が家にとってはそれなりに実りある初回訪問でしたが、

加えて、

住友林業さんは、無いな…

という暗黙の合意が妻となされた日でもあり。

 

少し冷静になれば、この営業さんと住友林業さんを選ぶことに相関はなく、営業がイヤなら変えてもらえばよかったわけですが、

全てのハウスメーカーさんをまわれる余裕は到底ない中、担当営業さんの第1印象の重要さたるや計り知れないなーと、いまにして思うわけです。

 

検討を続けた結果、いまは建物だけで予算が○千万円を超えており、、住友林業さんで検討を進めていたらどうなっていただろう…と、

いまでもふと思い返します。。

 

しかし、

ハウスメーカーさん側に立つと、我が家のこのような意思決定を先方が知る手立てはなく、営業さんの第1印象で、一体どれほどの機会損失を被っているのかと思うと、恐ろしい限り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張らないとダメですか?」という若手が見据える未来

社内面談時の出来事

 
いま私がいる会社は、おそらくは他の多くの会社同様に、管理職がスタッフと面談する機会が年二回設けられています。
目的は、不満のガス抜き、意見の吸い上げ、退職意向の早期把握とリテンション、などいろいろあるわけですが、
いまの会社は三番目に重きが置かれてたりします。
それはさておき、先日とある若手が新しく管理職になったので、社内面談する側のトレーニングとして私が若手管理職のサポート役でオブザーバー参加したときのお話です。
 
いまの会社は一応コンサルやってたりするわけですが、面談される側の若手は比較的ゆるやかな日々を過ごしている様子で、特に大きな不満もなさそうでした。ただ、彼が話をしていた中で「中長期的なプランは特になにもないです」という発言が気になり、面談後に若手が退室した後で、新マネージャーへ雑談としてふってみたんです。
 
 
頑張らないとしたときに、彼らが未来に見ているもの
 
 
「今の当社が抱える課題の1つに若手の能力底上げがあるんだよねー…云々」
 
新マネージャー
「でも、頑張らなきゃいけないんですかね?彼はあのままでもよいと思いますよ」
 
ふむ、そうかー、と、そこで私は逢えて反論しませんでした。
理由は、「プロトコル」が違うと思ったから。
 
プロトコルとは、コンピュータ同士が通信するときのルールみたいなものでITに関わる仕事をしていれば何度か耳にすることがある単語ですが、プロトコルが違うと通信自体ができなくなってしまうわけで、前述の彼と私が見ている世界はそれくらい違ったのではないかと。
 
勿論、頑張る頑張らないの選択は個々人に委ねられていて誰かがどちらかを強要する権利は無いわけですが…まがりなりにもコンサル業界に身を置いているという選択と、頑張らないという選択が、不整合を起こしていると思うのは私だけでしょうか…
 
頑張らない の定義や中身によりますが、言葉を変えるとおそらく「馬なりで仕事します」宣言に近しく、馬なりでずっと仕事を続けた先に待っているのは、一体何なんでしょうね…
より深刻さを感じてしまうのは、頑張らない宣言をしたカレは、道の先を全く見据えておらず、馬なりでずっと仕事を続けた先は当然ながら見据えられていないであろうこと。
 
少子高齢化社会、人口減少社会を前に、生産人口と呼ばれる私たちが日々を幸せに生きるためのハードルは年々高くなるであろうときに、日本が抱えている諸問題の根幹には、おそらく若年層のマインドセットが横たわっています。
これを変えないと、政府がいくら策を講じても焼け石に…
 

家を買うということ

ご無沙汰していました。

ブログ、復活させます。

 

時事は変わらずテーマにしますが、最近自宅の買い替えを検討しておりまして、私の目から見た不動産・ハウスメーカー業界の景色をお届けできれば幸いです。

 

さて、

人生の目的は何か?と問われて即答できるヒトは、余程の賢人か、訳あって自省をくり返している人か。

 

私は凡人なので当然ながら後者に属するヒトでして、春先に体調を崩し救命救急のお世話になったことを契機に、自分の人生について齢40にして深く考えました。

 

その結果、自分の人生は家族のためにある、という結論が私の中でなされていて、いまの流行り?に乗ると「家族ファースト」な日々を送ることを決意した次第。

 

「 家族ファースト」も色々ありますが、その表現手法の1つが、自宅の買い替え、でした。

 

今住んでいる自宅は、9年程前に地場工務店のモデルハウスを購入したもので、リビングが吹き抜けで冬がサムイとか不満はありながらも、それなりに気に入って暮らしているわけです。

ただ、なにせ9年前で人生設計も曖昧なまま購入したので、

・車不要のはずが今は2.8Lの自家用車有

・その結果、自転車置場が無くなる

・子供が三人に増え部屋が不足

等の構造上の問題を抱えるに至り、加えて昨今の大型地震の被害を目の当たりにし、災害対策目的も加わり買い替え検討へ。

 

そして、家を探し出したものの、なかなか我が家の要望を充たす建売が見つからず、

 これはいっそ注文住宅を建ててしまおうか、となり、ただいまハウスメーカーさんの選定中。

 

色々調べてみて実感したことは、不動産業界は消費者との間に大きな情報の非対称性が横たわっていること。

同じように注文住宅を検討されている方の一助になればという思いと、自身の検討ログを兼ねて、これから注文住宅を建てるまでの流れをレポしてみることにしました。

 

 

消費者金融の「サービス」は誰のため?

モビットの車内広告から。

勝間和代氏の著作にあった、時間の使い方。
消費、浪費、投資なんてのがある中で、個人が借金してまで使うことってなんだろうか?
欲しい服やゲームは浪費や消費だし、
先月支払いへの充当も同じこと。

消費者金融は、実は中小零細企業向け金融機関という話は以前からあり、実際「貸してほしいときに貸さず、いらないときに貸してくれる」と揶揄されるメガバンクの代わりを消費者金融が担っていたわけですが、「グレーゾーン金利撤廃で個人に不当に高金利で貸し出す行為を取り締まり、個人を守ろう!」という大義名分に従い、そもそも借りるべきでない個人の消費や浪費を「救おう」としたあげく、零細企業から投資資金の獲得手段を奪ったというのは、ある程度有名な定説。

だから、過去に遡及して過払い金を返還せよ!という、ありえない展開になった結果として潰れかけた消費者金融各社をメガバンクが救う際に本来やるべきだったのは、名前を零細企業金融に変え、ホールセール部門の中を、大企業はメガバンク、零細企業は子会社の消費者金融、というように、セグメント別にサービスを分け、ホールセール部門で有名無実化している融資機能の復活こそが、求められていたわけです。

が、現実は、クリーンなイメージをつけて自社リテール部門の中核にすえよう、という真逆な戦略を各社が取ってるわけで、これって、本質的に何も変わっていない消費者金融にお化粧を施し、個人に対して浪費や消費目的で借金を推奨した挙句、ますます借りるべきでない個人の人生を狂わすことになるのでは?と憤慨しているわけです。

今回はずっと個人的に納得いかない消費者金融のお話でした。

「BIG」に見るターゲティングとプロモーションの基本

残暑お見舞い申し上げます。
今年の秋は残暑が厳しいという気象庁の見解が出ていましたね。ただ、昨日は雨で涼しかったこともあり、今朝の通勤電車は正直寒い…

ところで私は通勤時間にしばしば電車の車内広告を眺めて過ごしていまして、今回はそんな車内広告から。


「当たりたければ買うしかない!」

小見出しはご存知、宝くじのBIGの広告メッセージです。これ、当たり前のことしか言ってないのですが、うまくターゲットセグメントの心理をついたマーケティングだなと感心しとります。

宝くじ自体は日本国民全てが知っていると言っても過言ではないわけですが、当初「BIGは宝くじである」ことを理解してもらうため認知向上プロモーション中心でやってきたBIGも、ある程度の市民権を得て次の段階にステップアップしたいと考えるのは自然な発想です。
宝くじって、買って得する確率=「期待値」を頭で理解している合理的な層はもともとあまり手を出さないわけでして、このキャッチコピーは一獲千金を夢みる、私を含めた非合理的な夢見層に向けたものだと推察されるわけですが、彼らの背中を一押しする「何か」をこのコピーは提供している気がします。
「そうか、買わないと確かに当たらないよなー」という、よくわからかい納得感を。

ちなみに、収支で見たら宝くじは損する仕組みですが、買ったときのワクワク感まで含めると、合理的な層の一部は動くかもしれません。
彼ら目線だと、「これは損得ではなく、ワクワク感を楽しむエンタメ消費である」的な判断になるでしょうか。

いずれにしても、わかりやすいキャッチコピーはマーケティングの王道なので、やるなBIG、という所感。

ちなみに、以前のキャッチコピーは「6億円あたると年収2,000万の生活が30年もできるよ!」だったのですが、これを見て「宝くじは非課税だから計算が違くて、年収にすると4,000万近くじゃないかなー」とか色々考える層ははなからターゲットではなくて、やはり「なるほどーそんな生活できたら確かにいいよなー」と考える、私を含めた夢見層がターゲットなのでしょうね、きっと。


「再定義」をうまく使う

前述のような、一見小馬鹿にされているかのようなプロモーションを仕掛けてくるBIGですが、なかなかよくできたキャッチコピーも投入してます。
「コンビニは、食事や雑誌が買えるBIG売場である」という、最近の広告もマーケティングの基本に則った秀作かと。

少し前まで戦略論はポーターの競争戦略が全盛でしたが、ポーターが主張するポジショニングは、もちろんブランドイメージも該当します。
今回の広告では、販売チャネルを再定義している点が潔いなと。

BIGはコンビニでも買えるよ、ではなく、あくまでも「コンビニはBIG売場である」と断言してしまうこのよくわからない自信。

これこそ、「なるほどー」と情報を無批判に受け入れてしまう僕ら夢見層を取り込むのに良いマーケティング手法です。

出来る男は○○を使う、的な手法とも少し違う、世の中こういうものなんだ、と断言してしまう手法は、そうかなー?と疑問を呈する層に向けたものではなく、無批判に受け入れるフォロワーがターゲットなんだなーと。

昔、ある雑誌に、金持ちは投資、貧乏は宝くじ、ていう記事が載っていましたが、やっぱ宝くじって、弱者からさらにマネーを吸い取るツールなのかもしれません。

南無。